ルカの福音書10章25~37節
今日の申命記30:9-14では、神様がいかに深く人々を愛してくださっているかを言われます。神様に何度も逆らった民ですが、神様は、あなたを栄えさせようと言われます。そして、どうすれば神様に喜ばれるかを教えます。それは、「主に立ち返る」ことであり、主の命令とおきてを守ることであって、私たちにとって難しいものではないと神様は言われます。この具体的な神様の御言葉を守ることを通して、私たちは神様が望まれる道を歩むよう求められているのです。
また、それは私たちが身近に行うことができると言われます。なぜなら、14節にありますように、主は御言葉の通りに私たちと共におられるので、私たちは必ず行うことができます。それでも、私たちが行うことはむずかしいことです。私たちは罪深く素直ではないからです。
しかし、神様は、イエス様の十字架の贖いを通して、自分ではどうすることもできない私たちの罪を赦してくださいました。だからこそ、イエス様が私たちと共におられるのですから絶望しなくてよいのです。私たちが神様の言われるように実行するなら、確かに神様が喜んでくださいます。これについての具体的なたとえが、今日のルカの福音書10:25-37です。
ここで、「永遠のいのち」に関して、律法の専門家がイエス様に問います。イエス様からの質問に対し、彼は正しく答えます。でも彼に欠けている「実行すること」をイエス様は指摘されます。これに対し、彼はなお「私の隣人とはだれのことですか」と問います。彼の頭の中では隣人はユダヤ人だけであったはずだからです。しかし、もっともさげすまれていたサマリヤ人が傷ついた人を隣人として助けたのです。つまり隣人愛とは、互いにどんな人であっても関係なくあわれみをかけ、助けることです。人が人にあわれみをかけることは無条件なのです。
イエス様は、律法の専門家に「あなたも行って同じようにしなさい」と言われます。色々な理由を付けて相手をさげすむことではなく、自分を誇ることでもなく、何が正しいのかを考えて行動する、それは自分の正しさではなく、神様の正しさであり、神様が人間を深く愛してくださっているように、私たちも傷ついた人を「かわいそうに思い」(ルカ10:33)助けるのです。そうできるようにと、イエス様が私たちの罪を負い、十字架にかかって下さったのです。「あなたの隣人をあなた自身のように愛せよ」(ルカ10:27)と神様は私たちに言われます。私たちは罪を赦され、ここに生かされているから実行できるのです。
(福田 学師)