ルカの福音書6章20~31節

イエス・キリストは、当時の一般的な感覚とは全く逆の教えを提示されました。「あなたの敵を愛しなさい。あなたを憎む者に善を行いなさい」。さらに、「片方の頬(原語では「あご」)を打つ者には、ほかの頬をも向けなさい」。これは「自分の隣人を愛し、自分の敵を憎め」という、イエス様以前のユダヤ教の教え(今の「自国第一主義」に通じる)とは正反対です。

イエス様がこのように言われたのは、私たち人間がいかに神様が望む本来の姿から遠く、自分中心であるかを自覚させるためです。私たち人間の「愛」は、じつに移ろいやすく、自分中心な性質を持っているのです。

また、イエス様は「自分にしてもらいたいと望むとおり、人にもそのようにしなさい」という「黄金律(ゴールデンルール)」も説かれました。これは、単に「人にしてほしくないことは、あなたもしてはいけません」という消極的な教えと違い、困っている人を実際に助けるなどの行動を伴うものです。ビジネスのテクニックとしてこのルールを用いる人もいますが、本当のゴールデンルールは、自分が得をしなくても、むしろ損をしても、相手の命を活き活きと生かすことを目的とします。究極的には、相手のために自分の命を犠牲にすることになってもです。しかし、人間は自分中心の性質ゆえに、この真の愛を実行できず、その結果、家庭内の不和や、果ては戦争といった対立を生みます。ゴールデンルールは、本来人間の中には存在しない、天からやってきた神の国のルールなのです。

この神の国のルールを地上に実現するためにイエス・キリストは来られました。イエス様は敵を含むすべての人を愛し、神のルールを無視して罪の中に生きる私たちすべての人間の罪を背負って十字架にかかり、身代わりの罰を受けてくださいました。イエス様の十字架を「自分のためだった」と信じる者は罪が赦されます。

イエス様は「貧しい者、飢えている者、泣く者は幸いである」と言われました。これは、自分の愛の貧しさに泣き、真の愛に飢え渇いている人のことです。そして自分に絶望して、イエス様にすがる者、その人こそが、天からの「幸い」をいただき、本当の喜びと平安にあずかることができるのです。

イエス様を信じる者は、古い自分が過ぎ去り、新しく造り変えられます。この新しい人の中には、天国のルールが形作られていきます。イエス様ご自身のように敵を愛する、真のゴールデンルールが。そのような心で相手と接する時、「敵」である相手の心も、少しずつ変わっていくのです。

(永田 令牧師)