質問

注:かっこの中の質問は、前の質問に答えがないときにだけ読んでください。

  1. 収税人や他の罪人が、神の声の聞こえなくなるところへ行ってしまう理由を、いろいろ考えてください(1)。
    • 私たちも、ときには神の声の聞こえないところへ行きたくなるのは、どうしてでしょう。
  2. 迷子の羊は、見つけてもらうために何ができますか。できない事はなんですか。
    • 罪人がイエス様に見つけてもらうためにできる事は何ですか。できない事は何ですか。
    • あなたが今心配している人のことで、このたとえで、慰めになる事は何ですか。
  3. イエス様は羊が見つかることを、悔い改めにたとえられています(7)。それなら、このたとえによると悔い改めとは何ですか。(この箇所だけから考えてください)
  4. 悔い改める必要のない正しい人(7)とは、どんな人のことですか。
    • パリサイ人たちが繰り返し読んだイザヤ書の箇所があります。「私たちはみな、羊のようにさまよい、おのおの、自分かってな道に向かって行った。しかし、主は、私たちのすべての咎を彼に負わせた」(イザヤ53:6)。もう一度訊ねます。この99匹はだれのことですか。
  5. パリサイ人たちが悔い改めるべき罪は何ですか(2)。
    • パリサイ人たちは、なぜ自分が迷っていることが分からないのですか。
    • あなたはどちらの方だと思いますか。迷っている方ですか、見つけられた方ですか。
  6. イエス様のたとえでは、お祝いはいつも天国での永遠の命を意味します。お祝いが、99匹ではなく迷っていた羊だけのものだったのはどうしてですか(6)。
  7. だれも自分の足で天国に入ることができないとは、私たちの場合、どういう意味ですか(5)。
  8. 罪人を受け入れ、いっしょに食事してくださるイエス様に、今どこで会えますか(2)。

よき知らせ

バプテスマのヨハネはイエス様を羊にたとえました。イエス様は世の罪を取り除く子羊となられたのです(ヨハネ1:29)。子羊のイエス様は荒野から救い出されませんでした。反対に、そこで殺されたのです。肩に担いで連れ帰られることなく、その代わりにイエス様は私たちの罪を全部負わされたのです。