あなたの天幕に場所を広く取り、あなたの住まいの幕を広げ惜しまず綱を伸ばし、杭を堅く打て。
イザヤ54章2節
世界地図-WJELCの宣教地

1.平野宣教師の働き

西カリマンタン州ンガバン 村の教会

海外伝道の働きは1973年の西日本教会総会において、海外伝道の召しを表明していた平野嘉春師を海外伝道の働きに派遣することに着手することが決議された時をもってスタートしました。
 1977年に平野師夫妻が宣教師訓練コースにおいて宣教師候補生としての訓練を受けながら、同時に地方教会を巡り、海外伝道のキャンペーンを行うことによって、地方教会からの海外伝道献金が献げられ、祈りと支援が強められて行きました。
 西日本総会では1978年に派遣されることが決議されましたが、インドネシアの国内事情から宣教師ビザの発行が困難を極め、しばらくは派遣が出来ないままでいました。しかし支援者の厚い祈りがきかれ、インドネシア派遣を断念する期限であった1980年8月31日同日にビザが下り、10月29日にアンテオケ宣教会を通してインドネシア東部ジャワの伝道団体「インドネシア福音宣教交友会(YPPII)」に派遣されました。こうして西日本教会の海外宣教師派遣の働きが本格化したのです。
 その後、平野宣教師夫妻は1987年までインドネシアのジャワ島をかわきりに、西カリマンタン州シンタス、西カリマンタンイガバン県の油ヤシ・プランテーション地域などで様々な伝道の働きを行い、1987年6月25日をもって帰国しました。
 その後、西カリマンタンのンガバン地区の働きはアンテオケ宣教会から派遣された日本人宣教師に引き継がれ、現在では数十の教会が誕生するに至っています。

2.千金宣教師の働き

千金師と神学生たち

1980年の西日本総会で千金町子師を日本語教師としてインドネシアに派遣することが決議されましたが、それに先立ちインドネシア北部スマトラ島のルーテル教会のひとつ、シマリングン・プロテスタント・キリスト教会(GKPS)の高等学校長サラギ博士とダマニク牧師が1978年10月に西日本教会を訪問され、GKPSの日本留学希望学生のために日本語教師の派遣を要請されました。それにより、千金師がスマトラのGKPS付属高等学校を視察し、インドネシア派遣に備え始めました。
 千金師は1981年にインドネシア北スマトラ州のソンディラヤにあるGKPSの教会付属高等学校で日本語教師として働きを始められるかたわら、高校生や教会学校で聖書を教えました。そして学生への奨学金支給を行い、一人の教え子が日本に留学して学びをしましたが、西日本教会でも紹介され、祈りの輪が広がりました。  千金師は、二期目は北スマトラ州メダン市のイタス神学校で新約・旧約概論やディアコニアなどの科目を教えながら、直接伝道の働きにも関わりました。
 当時のインドネシアでは宣教師のビザ取得は連続10年までと上限が定められていたため、1990年に一旦帰国することになりましたが、1995年に神学修士号を取得したことにより、1996年より再びインドネシアに派遣されYPPII所属の東部ジャワ・バツにあるインドネシア福音交友会の神学校で教会史を教える傍ら学生の霊的指導を行い、同時にスラバヤ・バリ島デンバサールで日本人伝道も行いました。

3.上原師(派遣当時の姓)の働き

上原師(青谷教会にて)

1986年4月に、NLMの伝道によって生まれた香港&マカオ・ルーテル教会、台湾ルーテル教会、西日本福音ルーテル教会の指導者が集まり、第1回東アジア福音ルーテル教会協議会(CELCEA)が開催され、これを機に東アジアのルーテル教会の交流が始まりました。そして、1988年に台湾で開かれた第2回CELCEAに上原陽子師が参加し、その後、香港教会より日本語教師派遣の要請を受けました。
 上原師は日本語教師としての研修を受けた後、1992年10月に香港&マカオ・ルーテル教会に日本語教師として派遣され1996年1月まで香港において香港人を対象に日本語クラスで教え、同時に感恩堂において教会での説教、教会学校教師など様々な奉仕をされ、これによって香港の教会と西日本教会の交わりが深まりました。

4.モンゴル宣教協力

1997年4月に開催された第4回CELCEAに、モンゴルよりNLM宣教師のレイチェル師が出席してモンゴル伝道の報告がなされました。この報告に基づいて、東アジアの3ルーテル教会がモンゴル宣教に協力することを決議し、1999年5月にヤガナ姉を日本に招き、日本語学校での研修を支援しました。3ルーテル教会から分担金が献げられて、力を合わせてモンゴル宣教に取り組んだことは3ルーテル教会の協力関係を強固で関わりの深いものにして行きました。

5.中国広東省五華(ウーファ)県教会宣教協力

2003年9月に開かれた第6回CELCEAにおいて、中国広東省ウーファ県の教会を訪問することが決議されました。2006年2月に東アジアの3ルーテル教会でウーファ県を訪問し、この際に、西日本教会として公式に訪問し、トレーニング・センター建設援助献金を行いました。また、ウーファ宗教局と東アジアの3ルーテル教会との懇談を持ち、今後も香港教会を窓口としてそれぞれの支援を行うことを確認しました。西日本教会は牧師養成のスカラシップとウーファ県信徒研修会に講師派遣する事を表明しました。
 2006年、2007年とウーファ県信徒訓練会に講師を派遣しましたが、その後は中国の国内問題のために講師派遣は中断を余儀なくされました。一方、2008年の西日本総会にウーファ県教会の議長タン牧師を招聘し、宣教の報告を受けました。

6.池上宣教師の働き

千金宣教師が2000年に帰国されて以来、しばらく宣教師を派遣できないでいましたが、宣教師候補の発掘を継続しつつ、宣教師を派遣する教会を探り続けました。
 2009年6月に開催された第8回CELCEAの際に香港&マカオ・ルーテル教会が宣教師の受け入れを考えておられることが確認されたため、宣教師候補者を募りましたが、池上真祈師が宣教師の召しを表明されました。そこで、2010年10月に西日本教会の議長と海外伝道理事長が香港&マカオ・ルーテル教会を訪問して宣教師派遣に関する覚え書きを交わしました。池上師には1年半の宣教師訓練及び広東語の研修をしていただいて派遣準備をしました。そして2012年の西日本総会において池上師を香港宣教師として派遣することを決議し、同年6月に香港に派遣しました。
 池上師は中文大学で3年間の広東語研修をしながら、聖恩教会で交わりや訪問など様々な奉仕をし、聖恩教会の教職や信徒との良き関係を築いて行かれました。香港ではクリスチャンの中にも戦時中の日本人の所行に対する反感を根強く持っている方もおられますが、池上師の香港人を愛し仕える姿勢によって心を開かれ、反感から協力へと関係が変わって来られた方が多くおられ、福音を通して香港と日本の架け橋になっておられることが感じられました。その他、香港&マカオ・ルーテル教会が特に働きに力を入れているマカオにある老人福祉施設へも何度も足を運び、そこでも人々を愛し仕える働きを通して、福音を伝えて来ました。また、中国・ウーファへの伝道支援の働きにも加えられ、西日本教会の宣教母体であるNLMの中国伝道の祈りを引き継いでいます。
 池上師は2016年9月より香港&マカオ・ルーテル教会での2期目の働きに就いていますが、活石教会を奉仕と交わりの拠点として、マカオの老人福祉施設へも月2回の訪問を続けています。


今後も日本国内外の宣教師派遣機関との協力の中で、宣教師の派遣、海外の教会との交流を行います。海外宣教に関心がある方は海外伝道局にご連絡ください。

2017年4月1日
西日本福音ルーテル教会海外伝道局